衆議院選挙2021の争点

経済的論点では人類は三つの問題を抱えている。

  1. 資本主義が一番マシなクソだけど現代においてついに悪い部分が出てきてしまったこと。
  2. 共産主義は人類には早すぎたために汚名を着せられてしまったこと(今も時期尚早)。
  3. 第3の経済体制が無いこと。

 

そう、岸田様は現実を見据えながら第3の経済体制を作ろうとしている。

国民民主党以外の野党が何を言っているか、長期的目線はそこにはない、1年間減税、給付金(1回のみ)、長期的効果は神頼み。つまり、とにかく票をくれれば私たちが政権を取り現政権よりうまくやると言っている。一方で自民党の政策は高市氏の影響を大いに受けており、激甚化する災害対策への投資、戦略的投資など長期的目線が入っている。政策の真っ向勝負で勝たなければ国民の支持は得られない。選挙に行く層は賢明である。国民が求めているのは国民民主党のような政策勝負の野党である。

 

また、分配が強調されるが。これは2つの点で非常に面白い議論である。

一つには分配の必要性である。

超富裕層の中にはx円をなんとも思わない人がいる。

一方で貧困層の中にはx円があれば爆発的に幸福度が上がる人がいるはずである。こう仮定したとき、このx円は分配されるべきだと考えられる。この点において分配は正しいように思える。

二つ目には対立軸である。

これはつまり社会を引っ張っている人に報酬を与え続けるのが社会全体にとって良い vs  生産性の無いと思われる人たちに資源を分け与えるのが社会全体にとって良い のバトルなのである。前者は新自由主義、後者はそこからの脱却である。

トマス・ピケティ様は格差や不平等は民主主義にとって深刻な脅威だと主張し、資本主義もしくは新自由主義の欠陥を見事に証明した。ここで気づくことがある。岸田様も民主主義の危機というような趣旨のことを言いながら新自由主義からの脱却を目指していた。与党も野党も新自由主義からの脱却路線ではあるが、岸田様の政策理念には有名な経済学者ピケティの影響がある。一方で連立野党の経済政策は「感覚・勘、票が取れそうな感じ」で決めているように見受けられる。とにかく権力を得て我々がうまくやるという姿勢は政治家として素晴らしい。が、政策真っ向勝負で勝てなければそもそも実力が疑われて賢明な票を得ることができない。

 

以上のことから、岸田総理を根拠無く、何もわからず過小評価する声には異論を唱えたい。

 

        2021年10月20日 Lulutaso総合研究所 主席研究員 Hasetaso

投資論2022

市場経済の状況が変わったと見ている。

2019年と2020年はゴールドの相場だった。金融緩和が欧米、そして日本の中央銀行でそれが正義のように行われていた。当時は低金利でかつインフレ圧力があった。この二つが指し示すのは金投資の優位性であった。私は早くからそれに気が付き、金価格が1300ドル台だった時に金投資が手堅いとブログに綴った。その後Ray Dalioが金に優位があるという趣旨の発信をした。彼の言う通り、最終的に金価格は2000ドルまで上がったのである。

 

さて、現在はどうだろうか。今後は正常圏インフレとそれに伴う利上げ局面であると考えられる。インフレはゴールドにはプラスではあるものの、一方で利上げは金価格にマイナスに働くので理論上金投資は好ましいものから結果が運任せのものになり下がったと思われる。これは現実の値動きとも符合している。インフレ予測からポートフォリオの一部としては未だ優秀であるとみられるが、金投資単体では触るべきではなくなった。

 

今後、インフレが来ることは確からしいが利率の上昇に関しては定かではない、よって、インカムゲインが得られるような株を保有しつつ、今まで以上に色々な金融商品を買いあさるのがいいのではないだろうか。利上げが来た際に株は下落するだろうが、保有し続ければ、インカムゲイン金利の高い部分に再投資することができる。一方で、正常なインフレが続く場合には、成長株も悪くはないのではないかと思う。ただしブラックスワンが起きない限り、現金保有だけは確実に罰を受けることになるだろう。

 

個人的には世界経済の情勢に関わらず、絶対的な必要性から持続可能エネルギー関連を推したい。倫理的投資は報われる時代になりつつあると信じたい。

 

                             2021年10月20日 Lulutaso総合研究所 主席研究員 Hasetaso

今更だが

最近テストコードを明示的に書いている。

以前はJupyter Notebookで簡略的かつ厳密でないユニットテストを行ってそのコードは記録には残っているが、後からどこにあるかは探さないとわからないという状況だった。本能でユニットテストを随時行っていたから一回を除いてはバグを出したことはなかった。

 

ところが最近暇だったため真面目なテストコードを書いてみたところ、これが色々な意味で重要な意味を持っていることがわかった。テストコードを書くときに対称の関数をこねくり回すのでその関数の使いにくい部分がわかってくる。また、テストコードは明示的にテストとして記録が残るので、これ自体がドキュメントとしての記録も果たす。こんなにいいことは無い。

確かにこれを書くのに、かなりの労力がいる。行数で言えば本体のコードよりもテストコードの方が長くなる。しかしコードの質に命を懸ける以上この工程は欠かせないということが理解された。

日記10月

最近は24/7で働く or 勉強する事を心掛けている。

コードを書くのが楽しい。たまに嫌になるけど基本的にはドーパミンが出る。この状態に到達するために努力が存在する。英語もそうだった、英語の勉強が楽しくて仕方がない状態に持っていくのが大変で努力が必要だった。その後、英語能力の向上は無意識化 or 自動化された。

綺麗なコードを書くのに命を懸けている。これからも不断の努力を続けたい。

最近無駄とは言い切れないが絶対必要ではないものが積み重なりなぜか出費がかさむのでどうにかしたい。家計アプリも見ているがどうも解決策が見当たらない。どうしたものか。

運動もそれなりに頑張っている。運動に関しては今の状態の俺を怠惰とは呼べない。

それ以外は特に報告なし。

 

歴史に学ぶ教訓

ペロポネソス戦争の教訓
1、中途半端な介入
取るべき行動は全力を持って攻撃する(All-in)、または何もしない。
中途半端な軍事攻撃・介入は歴史的に、長期的な戦争に発展する傾向がある。
例)イラク戦争ペロポネソス戦争
2、代理戦争の危険性
今回は代理戦争というわけではないが、北朝鮮の後ろには中国とロシアが付く可能性がないこともないので危険ではある。
ペロポネソス戦争では、CorcyraとCorinthの戦争にアテネとスパルタが介入し、大戦争に発展した。
3、リーダーの重要性
ペロポネソス戦争で、アテネは有能な指導者ペリクレスを病気で失ってから愚衆政治となり、戦争に負け、崩壊した。
ジョン・F・ケネディキューバ危機において、対話によって核戦争を実質的に防いだ。
トランプ大統領は周りに優秀な人材を揃えているが、歴史にならえば、どう動くかは結局本人によるところが大きいはずである。
4、不可避性
Power Transition Theory(日本語訳不明) 、一国が極端に強いという状態が国際情勢を一番安定させ、2つ目の国が力を持ち始め台頭してくる時点が、不安定状態で戦争が起きやすいというような理論。
どちらかというと米国に対して中国が台頭している状態がこの理論に基づけば危険ではあるが、米国と北朝鮮だけを見た時には、北朝鮮は侮って良い国ではないが、米国の力には遠く及ばず、この理論の不安定状態には当たらないので、この戦争は避けることが容易にできるはずである。だが、中国の台頭によって不安定化する中、北朝鮮での諸々の出来事が引き金となってという可能性はある。国際関係は複雑であり、これに関して結論は出せない。
5、Pyrrhic victory
長期的な戦争は勝った方にも重大な損害を与えるため、避けなければならない。尚更1、の重要性が際立つ。
例)、スパルタはアテネに勝利したが、ひどく疲弊した。 第一次世界大戦ではもはや勝者がわからないくらいにヨーロッパ全体が疲弊した。(最後に乱入したアメリカの一人勝ち)←日本、アメリカの台頭、第2次世界大戦へ。

第一次世界大戦の教訓(原因)
1、ドイツの方針
ドイツは海軍を強化していたが、どうして海軍を強化するのか、ドイツ自身が何をしたいのかをしっかりと国際社会の場で公表しなかったため、イギリス海軍に対抗するためではないかと警戒され、戦争の機運が高まった。北朝鮮の場合も似た状況に陥ってしまっている。核の開発を何故しているのかが明瞭ではなく、国際的な不信感を買っている。
2,平和への満足
第一次世界大戦以前は、イギリスの覇権(Pax Britannica)によって長い間平和(起きる戦争は小規模、局地的そして短期間)な期間が続いたため、平和がどれだけ貴重なものかを多くの人々が忘れてしまっていたのであった。 第二次世界大戦から70年以上経った今、主要国の間で同じことが起きている可能性がある。しかし、今では、技術の進歩によって戦争の映像や写真等が残っているため、そのような技術の無かった第一次世界大戦前よりはマシであろうと考えられる。

オマケ、民主主義
民主主義国家同士の戦争は、論争はあるものの、起きたことがないとされており、民主主義国家同士が戦争に発展する可能性は極めて低いと言える。しかしながら、北朝鮮は承知の通り民主主義ではないので、戦争は過去のものだとして安心することはできない。

 

メタ倫理学 リアリズム

1,Realism;倫理的真実は潜在的に知り得る;人々の中に存在していることもあり得る。
2,Rationalism;Reason(理性)を使えば、倫理的真実に到達し得る。 ex)Aquinas. Kant.
Ethical truths exist 'a priori' - prior to experience. ←倫理的真実は人間の存在前からの法則
3,Naturalism;倫理的真実は自然に存在し、人によって"体験"されることによって理解される。
 Mill; 何が良いかは、何が幸福を最大化し、苦痛を最小化するかによる。"Happiness"と苦痛は知ることのできる事実である。
 Hume; Moral judgementはPassion(感情)に由来する、感情は人の中に”存在”するがしかしそれは我々が経験する事実である。
      ※our emotions are part of nature.
Aristotle; 人々の中に存在する特性は実在のもので、彼らの行動の中にそれを見ることができる。それぞれの個性は倫理的真実である、しかしそれを知るためには観察が必要である。←アリストテレスは意味不明
☆Naturalism and the autonomy of ethics.
現実から乖離し、抽象的にだけ議論できる時、倫理はautonomousである。 ex)a^2+b^2=c^2 ←これは真実ではあるが、誰も完璧な三角形は描けない。
DeontologistsにとってAutonomyは重要な特徴である。しかしNaturalismは現実世界の事実しか扱わないため、このAutonomyと相性が非常に悪い。 RationalistsはNaturalistsの敵である。(同じリアリズムでありながら!)
☆MacIntyreのVirtue ethics
 Naturalismを支持;完全に抽象的に倫理的ルールを探し当てることを望むことは間違い。それによって見つけたルールはどのような基盤にも基づいていないことになる。EthicsはMysteriousであってはならないのであり、現実世界の目的と機能に基づいたものでなければならない。ex)(抽象的である)価値観が行動を特殊なものにする;Aをするなという価値観があることで、Aが特別なものになるのであって、現実的にAは何の意味もなさない可能性がある。→純粋な現実を見る方が良い。(Naturalism is supported)
4,Intuitionism;Moral propertyは存在するが単純化することができない。
 NaturalismとRationalismを拒否する第三のRealism.
 モラル(?)は直感的で自明であり、何か他のことにもとづいて正当化したり説明する必要はない。
  ex)モナリザのサイズや重さや色を確かめることはできるが、どうやってその美しさを確かめることができるのか?
G.E. Moore;”good”(おそらく"何が良いか"の意)はそれ以外のもので定義したり説明することはできない。
5,Deontological intuitionism モラルは義務や本分に基づくが、それらは定義化できないので、代わりに直感を使う。(は?)
W.D. Ross;Ⅰ、我々の経験に基いてルールを作り、(嘘はダメ、人殺しはダメ等)。Ⅱ、もしルールが衝突した場合、(ex)ルール1、ヒトラーの言うことを聞く、ルール2、非道徳的な命令には従わない)、直感に基いてどちらか選ぶ。
 ☆'prima facie' 単純化できないが、絶対ではない。一般的なガイドライン