自炊生活

もう10年くらい自炊メインで生活してきた。

単純に食費が浮くから自炊めっちゃいいじゃんと思っていたけど、自炊否定派の存在を知り驚いた。考えてもみなかったけど言われてみれば確かに、料理に自分のリソースと時間を割くより他の人に作ってもらった方が効率的だ。それに自分の人件費を考えたら自炊は実は結構安くないかもしれないってわけ。でもさあ俺は趣味でやってるし、色々な要素を勘案した結果割のいいバイトみたいだなと思って自炊をしてる。しかもプライベートで自分の人件費考えるって俺の価値観ではちょっとキモイよ。

自炊をすれば一食350円から400円で健康的な食事がおなかいっぱい食えて、なんか海苔、パスタ、餅とか缶詰とかちょっとしたものが増えてく、それを使って一食賄えば実質無料になる。だけど自炊で浮くのはそんな短期的な費用だけでなくて、将来の医療費も軽減されてる。これは確信している。そんなこんなで自炊は楽しいしお金も浮くからやってる。それでも自炊否定派の意見に確かにそうだなと思ったのは料理するのに時間はわりとかかっているということ。自分の時間を1秒も無駄に使いたくないという価値観からすれば自炊なんて愚の骨頂なのは同意する。けれど健康的な食事を全部外注するのは結構高くて現実的じゃない。もうちょっと社会に必要とされる人間になれたらまた意見が変わってくるかも、今の俺は社会の人たちが代わりに料理を作ってくれてまで支えてもらうに値しないということ。

ただ自炊するなら食洗器は必須だわ、これなかったらまじで自炊で人生終わる。

ネットで食洗器の営業するかな。食器洗いから皆を解放してあげたい。

2021年の抱負 なぜ新年の抱負を定めるか

歴代新年の抱負 その保存記録と結果

2017年留学中に哲学や倫理学に触れ、Virtue(徳)について学んだ。そこで人生の倫理的指針の重要性を知り、2018年からは毎年新年の抱負を定めることにした。最初は節制、フレンドリーさなど、古代ギリシャ哲学等に現れるVirtueに関するものだった。しかしだんだんと自らを良い方向に動かすための抱負へと変わっていった。その今までの歴史を振り返り、最後に2021年の抱負を記載して本投稿を終わる。

 

新年の抱負一覧 2018年~

2018年 節制、フレンドリーになる。

2019年 言い訳を減らす、明るく振る舞う、節制。

2020年 何かを究めること、仕事しながらも勉強すること。

 

結果 

2018年 当該年度内に達成できたかは覚えていないしそもそも目標が曖昧である。しかし現在は節制もフレンドリーさもある程度会得した。

2019年 知り合いとゲームをやる約束をしたりゆるく集まる約束した時にめんどくさくてすっぽかすことが頻繁にあった。そんな時は適当に言い訳をしていた。しかしある時言い訳の天才と呼ばれたことから誠実さを欠いていたことに気が付きそれから言い訳を減らすと決めた。これはすなわち誠実になりたかったということである。現在では考え方がポジティブになれているし、誠実さの精神も忘れていない。一方でこれらは心に余裕があるからできることで、それを可能にする環境に置かれているという点に関しては神に感謝するしかない。

2020年 何かを究めることに関してはある程度達成した。それは今までの記事を見ればわかる。何かを究めようとすることは重要だと思うのでこれからも意識していきたい。仕事をしながら勉強することについては、一年目にしてはある程度できていたと思う。2月に試験があるので死ぬ気で今やっている。

 

 

2021年の抱負について

 今まで、新年の抱負はある程度練られてから決められていたため、一年を通して頭の隅に置かれていた、故に自分の行動に影響を及ぼしてきた。現に今振り返ってみると達成されているものが多い。今までは軽い気持ちで考えていたが、こう見るとさらによく考えて決めなければならない気がしてきた。

2021年の抱負

1. 1円を大事に

節制は今まで大切にしてきた概念ではあるが、金遣いに関してはある程度いい習慣がついた。一方である程度お金に余裕ができてきたので、自分にプラスになる方向でお金をうまく使うという必要性は生じてきた。 よって、自分の使う金がどのベクトル方向に力を持っているのかを考えながら生活することを心掛けたい。具体的な例として二つ挙げたい。一つは食洗器とドラム式洗濯機を購入したことである。これはかなり痛い出費であったが、同じ出費でも遊び惚けて消える数十万とは訳が違うのは明らかだろう。これを合理的自己中心的出費とする。一方で労働者を安く搾取して作られた製品を買う時、それは本当に良いお金の使い方だろうか。これを考える時、たとえば社会にとって持続可能なものを作っている会社の製品を買う時、これを倫理的利他的出費と呼ぶことにする。従って、自分の使うお金は一円単位で自分または社会の役に立つことを目標にする。

2.勤勉

数十年前から、学校を卒業したから勉強を止めるというのは得策ではないと言われてきたのに、現在では更に社会は競争的になっている。勤勉であることは必須になってきている。今までは勉強や本を読むことは私にとってある程度意識的である必要があった。これからはこれを自動的にできるようにしたい。そのためにはまず勉強しなければならないという意識を高めなければ始まらないのでこれを2021年の抱負として選出したい。

3.生産性と規模性を両立

2018年前後~2019年は苦難の期間であった、社会に貢献したいと考えて色々試してみたが、社会は私は全然必要としなかった。これは私が自分のポテンシャルを売り込む能力が全くない、かつ、その必要がないと考えていたためである。だからそれに関して社会が悪いとかいうつもりはないが、とにかく今はどうにか貢献の場を与えられているのでそれを取っ掛かりに自分の社会への貢献度を押し上げてゆくことを目標にしたい。そのためにはまず自分の生産性を向上させ、かつ自分が影響する範囲を広げなければならない、この後者の概念を規模性と呼んでいる。例えば、投資や寝ている間にも働くプログラムには規模性がある。

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

 

資本主義の終焉2

ところで、経済の目的とは、資源の最適な配分に尽きる。貨幣がないときは、価値を持っていて魚を食べたい人と、魚を持っている人があまりマッチングされず、魚が腐るということが起きた。貨幣が登場すると、自分が好き勝手に社会貢献するだけで食事をとることができるようになった。貢献度の高い人に貨幣が集まり、その人はもっと貢献できるようになった。過去には、社会貢献ができないものは飢えて淘汰されることもあった。しかし時がたつと、社会貢献できないものの中にはやる気があり、かつ力がないために貢献ができないものがいることがわかった。彼らに社会の力を分け与えて、戦力に加えることができることを知った。現代では、社会はどんどん強靭になり、何もしない人にも食事を分け与えることができるようになった。

 

さて、資本主義は転換点を迎えていると思う。

現在の資本主義には二つの未来があるように見える。

一つには、持続可能で自動化された社会を実現する組織に金が集まり最終的にそれが達成される。人々は必ず働かなくてはならないということがなくなり、資本主義はその目的を達成する。

二つ目はそのような理想論は実際には実現されず、上記目標を達成する前に地球の環境が枯渇または荒廃する。

 

地球の環境は俺らが生きているうちは核戦争が起こらない限り大丈夫そうだからこれから資本主義社会で生き抜くためには一つ目の達成に貢献するような仕事や役割をこなしていく必要があると考えられる。

 

ここから導き出される推奨される役割:

人が働かなくてもよくなる仕組み作り

    自動化(プログラム or robotics)

        農業自動化

   工業自動化

        医療自動化

地球環境を維持する仕組み作り

 効率化

          無駄なエネルギー(地下由来)消費をなくす

          持続可能エネルギー生産の効率化

現状維持

  物流

他、資本主義の達成目標から推論できる役割全部

 

 

操作系能力者Facebook

テレビの発明以降、テレビ番組の視聴に没頭することは堕落の代名詞だった。時間を奪われ、受動的に娯楽を与えられ。何かを買うようにと煽動もされる。強制的に画一的な資本主義的労働者・消費者層/グループに組み入れられる。しかしインターネットの登場以降、一部の人々は理性を取り戻し、テレビ番組の束縛から逃れるに至った。しかしそんなことも長くは続かない。Facebookの登場により状況はもっと悪くなった。人々は能動的に、自由意志を持っていると勘違いしながらアルゴリズムに操作されるようになった。テレビCMは見ている視聴者全員が見るものだったが、特定のセクターにいる人々に絞った広告をFacebookは見せることができる。煽動がインターネットによって効率化された。賢明な人たちもアルゴリズムに知恵で負かされ(outsmarted)、特定の行動パターンにはめられるようになった。

広告を出す側にとっては好都合になった、Facebookに広告を出せば、商品が売れる。

そこにFacebookの価値がある。消費者と提供者をマッチングしていると考えればそれは価値であるが、しかし一部の消費者は自分の意志に反して(本人は気づいてないかもしれないが)商品やサービスを買わされているように見える。

野党の間違い

野党として、政権さえ取れれば俺らがうまくやるんだからまずは何をしてでも政権を奪取してやろうと考えるのは自然である。確かに筆頭野党からはそういう雰囲気が感じられる。だから野党内にはアナリストがいて、国民の中で無視できないシェアを誇るテレビに食い入っているような人達が喜ぶような方法を使いあの手この手で現政権を倒そうとする。野党が政権を取った後今より良くなると仮定するならばなかなか良さそうな戦略である。 でも現に失敗している、政権が取れない。 彼らがターゲットにしている層は投票にあまり足を運ばないのではないか。 投票に足を運ぶ層は本質を見ていると思う、実力で上がって来いと言っている。 また、当該戦略は野党の品位を著しく損なわせている。相手を貶めて優位に立とうとするその方向性は間違っているし実際に機能していないから早急に修正するべきである。いったい何年同じことを繰り返すのか。日本は経済では競争的な資本主義を採用していながら政治においては第一党第二党間の競争がない。それは自明に政治を腐らせる方向に働くがその責任は第一党ではなく第二党にある。民意と離れつつあるなと感じさせる政策を乱打する現与党も倒せないようではそもそも政権を取る資格などない。 

 

 

仕事について

仕事は楽しい。先々週めっちゃミスしたけどなんとかなった。

3月に入った時にたまたま個人で3か月間研究してて経験があったから仕事を任されるようになったけどそこで運も絡んで実力がある程度認められて勝手に自分で考えて勝手に動くことが許されるようになった。つまり比較的大きな目標に向かって自分で方向性を考えて自分に命令を下して自分で仕事をするようになった。最初は完全に独立で動いていたけどその過程で力がついて他の人を巻き込むようになって責任が重くなってきた。自分のプログラムがミスれば会社の金が吹っ飛ぶし(吹っ飛ばした)。自分の判断で人が動くようにもなった。

後は会社に博士がいるんだけどその人にそこそこ認められてる感があるから嬉しいっちゃ嬉しい。この会社で仕事は続けたいんだけどプロジェクトが無くなって潰れるかもしれないからちょっと心配。