操作系能力者Facebook

テレビの発明以降、テレビ番組の視聴に没頭することは堕落の代名詞だった。時間を奪われ、受動的に娯楽を与えられ。何かを買うようにと煽動もされる。強制的に画一的な資本主義的労働者・消費者層/グループに組み入れられる。しかしインターネットの登場以降、一部の人々は理性を取り戻し、テレビ番組の束縛から逃れるに至った。しかしそんなことも長くは続かない。Facebookの登場により状況はもっと悪くなった。人々は能動的に、自由意志を持っていると勘違いしながらアルゴリズムに操作されるようになった。テレビCMは見ている視聴者全員が見るものだったが、特定のセクターにいる人々に絞った広告をFacebookは見せることができる。煽動がインターネットによって効率化された。賢明な人たちもアルゴリズムに知恵で負かされ(outsmarted)、特定の行動パターンにはめられるようになった。

広告を出す側にとっては好都合になった、Facebookに広告を出せば、商品が売れる。

そこにFacebookの価値がある。消費者と提供者をマッチングしていると考えればそれは価値であるが、しかし一部の消費者は自分の意志に反して(本人は気づいてないかもしれないが)商品やサービスを買わされているように見える。